小説「銀河警察シャロン」第1部

作:鳴海 潤   

(一)

 必死にもがく。手を伸ばす。そこに何があるわけでもない。それでももがかざるを得ない。そこまで自分は生に執着していたのだろうか、それとも最後の一瞬まで燃え尽きんとするからなのか、自分でも分からない。ひたすらに手を伸ばした。

 もうだめかもしれない_。

 弱気になった時だった。水面が大きく揺れた。2本の腕が私へと向かってくる。その右腕には痣(あざ)があった。特徴的なその形。その痣はまるで鮫(さめ)だった_。

 シャロンは目を覚ます。すっかり深い睡眠状態に入っていたようだ。シャロンは左手の傍にあるボタンを押す。長期睡眠カプセルが、プシューという音を立てて開く。シャロンはこの一瞬が好きだ。宇宙船内とカプセル内の温度と湿度は一定に保たれているとはいえ、やはり肌で感じる外気は、カプセル内とは少し異なる。その肌で感じる空気感が変わる瞬間、シャロンは自分がリセットされたような、不思議な気持ちになるのだ。
シャロンはゆっくり体を起こす。シャロンのその澄んだ瞳には、青く輝く美しい星、地球が見えた。

 シャロンはかつて銀河警察隊コスモレスターの一員として、地球にやってきた。偉大な先輩二人と一緒に地球の平和を守ると聞いた時は、それはそれは緊張したものだ。しかし、偉大な先輩二人は、戦士でありながらともに優れた教育者であった。二人にたくさんのことを教わりながら、シャロンは平和の尊さを学んだ。その後、激化する戦いの中で強くなる敵を前に大怪我を負ったシャロンは、後方支援へと回ることになるが、自分の代わりに戦うことになった地球人・ゆんちゃんこと有馬由美や彼女らのクラスメイトの諦めず戦う勇気を目の当たりにし、シャロンは人間の素晴らしさも学んだのだった。
 あの戦いから一年が経っている。シャロンは一度本星に帰り、別任務に就いていたが、本日晴れて地球勤務に戻ることになったのだった。別任務に就いていた時も、地球のことを忘れたことはなかった。
 地球で一緒になったみんなの笑顔。また、地球に来るまでは一度も見たことのなかった海、その音、その香り。一生の宝物だ。そう、香りと言えば、ゆんちゃんがクラスに持ってくるクッキーの焼きたての香り、思い出したら何だかお腹が空いてきた。
 どうも宇宙船に一人でいると、数珠つなぎにいろんなことが浮かんできて、物思いにふけってしまう。シャロンのちょっと恥ずかしい癖だ。でもこんな生活もあと少しだ。今日、地球に着いたら、みんなに会える。そうしたら、物思いにふけっている場合じゃなくなるぞ。シャロンは眼前の地球を眺めながら、自然と笑顔になっているのだった。


(二)

「吉祥寺の天気はどう?」
「こっちは雨だよ。雨だと髪がまとまらないから嫌なんだよね」
「そうそう。ゆんちゃんの弱点は雨だったっけ」
「もう、からかわないでよ」

 大気圏に入って、シャロンは早速、由美に通信をしたのだった。大気圏外でも通信は可能なのだが、大気圏外通信は敵の傍受を防ぐため、銀河警察の特殊技術が使われる。そのため記録が義務付けられる決まりだ。由美と二人でとりとめない“ガールズトーク”を楽しむには、大気圏内でないといけない。
「ねえねえ、こっち着いたらさ、買い物行こう。吉祥寺に新しくショッピングモールできたんだよ」
「そうなの?すごく行きたい」
「でしょ。シャロンの好きそうな店見つけておいたから、楽しみにしててね」
 シャロンは宇宙船を操縦しながらも、気分はもうすでにショッピングモールの中だ。
 さあ、この雲を抜けたら、東京が見えるはずだ。念のためステルス機能をオンにしておかないとな。などと考えながら、計器に目をやる。問題なさそうだ。
 そして雲を抜ける。海に反射した太陽が眩しい。気持ちいいなと思った瞬間、シャロンは気づく。
「あれ?吉祥寺って、雨じゃなかったっけ?」
 計器をもう一度見直すシャロン。依然として異常はない。時計を見る。日付は合っている。タイムスリップしたわけじゃなさそうだ。と、言うことは_。
 もう地表が近いので、そのまま海に着水する。そして、ステルスを解除する。

「シャロン、どこに着水したの?」
 驚いた声で由美が聞いてくる。知りたいのはシャロンの方である。ナビゲーションウィンドウに表示されているのは、南太平洋の小さな島の近くだ。
またやってしまった。シャロンは実は操縦がすこぶる下手なのだ。訓練学校時代から、評価が下から数えて何番目の世界だったので、これまではできるだけ操縦だけは避けてきたのだ。だが、それでもこうして操縦せざるを得ない時は、必ずと言っていいほどミスをする。
 同窓会まであと三日だ。由美がせっかくだからとみんなに声をかけてくれたのだ。行きたい。でも、それまでに私は吉祥寺にたどり着けるのだろうか。シャロンは南海の波に揺られながら、大きくため息をついたのだった。


(三)

 あれから三日。シャロンは無事、同窓会の会場である吉祥寺ホテルの宴会場にたどり着いた。三日間、いろいろあった。思い起こせば長くなりそうなので、思い出さないことにしよう。シャロンは、頭を振った。本当にぎりぎりになったが、何とか間に合った。シャロンが重い扉を開けると、がやがやとみんなの声が聞こえてくる。
「シャロ…、夏澄!」
「夏澄、久しぶり!」
 吉祥寺高校時代の元クラスメイトである由美と琴音が迎えてくれた。現在、二人は同じ大学の二年生だ。大学二年生。地球では、特に日本では、青春真っ盛りだ。ドレスコードなしとはいえ、心なしか二人がおしゃれに見える。シャロンはといえば、二年前に地球を出るときに着ていた、胸に大きなアルファベットのプリントのあるパーカーにジーンズパンツである。もちろん最初からこんな格好で参加するつもりはなかった。同窓会までの三日間の間に、由美と吉祥寺のショッピングモールを散策して、少しはおしゃれな洋服を買う予定だったのだ。それが、こうなったのは着陸ミスのせいだ。あれさえなければ。
「二人とも、一年見ない間に、すっかりおしゃれになったね」
「ありがとう。夏澄は、その、ちょっと焼けたね」
「そ、そうかな、アハハ」
 そりゃ南の島でさまよっていたからね。
「あ、そうだ。みんなにあげようと思って、お土産買ってきたんだ」
「え?うれしい。何々?」
 シャロンは手持ちの紙袋から、南の島のお土産を取り出す。現地では有名な魔除けの人形らしい。日焼けしたキューピー人形のようで、ちょっと見た目が怖いのだが、現地の人がたくさん買うのならと値下げしてくれた。
「ありがとう」
「ちょっとファンキーだね」
 そうそう、琴音って大人しそうに見えて、結構ハッキリと物を言う子だった。

「お、何だ。どうした、どうした」
「シャロ…、夏澄じゃないか」
 健二と教員の平塚大介がやってくる。こちらもシャロンにとっては懐かしい顔だ。
「健二、これお土産。きっと似合うよ」
「ありがとう。へぇ、南国のお土産っぽいな。あれ?夏澄ってアメリカに留学したんじゃなかったっけ?」
「あ、いや、それはその…」
「夏澄は、アメリカから南国経由で日本に帰ってきたんだよ。そうだよな、夏澄」
 平塚先生が微妙な助け舟を出してくれた。もうこうなれば乗るしかない。大きくうなずくシャロン。
「そっか、そんなこともわからないんじゃ俺もまだまだ浪人生は抜け出せそうにないな」
 みんなが笑う。つい一年前は当たり前にあった光景。久しぶりに味わうと、なんだかジーンとする。
 シャロンはあたりを見回す。懐かしい顔ぶれがいっぱいだ。そういえば、もじゃもじゃ頭のビン底メガネの男の子もいたっけ。
「あれ、お咲は?」
 シャロンは、ふと気づいた。あの常に木刀を持っていた女の子の姿が見えない。
「それがね、昨日から急に連絡取れなくなっちゃって。昨日までは『夏澄に会えるの楽しみ』って言ってたのに」
 由美が教えてくれた。
「まぁお咲のことだ。『24時間寝ちゃった』とか言って、顔出すだろ」
 健二がフォローしてくれる。

「ちょっとドリンク取ってくるね」
 そういえば、何も飲んでいなかったので、喉がカラカラだった。シャロンはみんなの元を離れ、ドリンクカウンターに向かう。みんな久しぶりに会う顔だ。
 ぼんやりとみんなの顔を見ながら歩いていると、人にぶつかった。
「ごめんなさい!」
「あ、いや…、大丈夫」
 相手は少し驚いたような顔をしている。そりゃそうだ。薄ら笑みを浮かべたパーカー女がよそ見しながらぶつかってきたのだ。驚くのも無理はない。
「あれ?」
 ふと思う。こんな人、同級生に居たっけ?切れ長の眉に、鋭く、でもどこか寂し気に見える眼光。見たところ、スーツ姿でホテルの従業員でもなさそうだし。もちろんこの同窓会には、吉祥寺高校の卒業生、シャロンたちの同級生しかいないはずだ。
「俺は鮫島良太」
 図らずも相手から名乗ってくるとは。
「私はシャロ…じゃなくて、七夕(たなばた)夏澄」
 シャロンは驚きながら自分の地球での名前を切り返す。
「同級生じゃないのに忍び込んで済まない。俺は刑事なんだ」
 やはり同級生じゃなかったのか。
「どうして刑事さんがここに?」
「いや実は行方不明の焼津咲さんの件で、調査をしているんだ。あなたは焼津さんの知り合いですか?」
 お咲が行方不明?シャロンが返答しようとしたその時だった。宴会場の照明が落ち、急に辺りが暗闇に包まれる。それからすぐに参加者たちの悲鳴とどよめきが響き渡った。
 シャロンは地球人よりも目が良い。瞳孔の絞りが強いため、暗闇の中の僅かな光でも察知することができる。ゼクスターやドロシーにはない、自分だけの特技だ。
 シャロンが辺りを見回すと、覆面の大柄な男が二人、宴会場に入ってきたのが見えた。恐らく彼らが宴会場の明かりを消した犯人なのだろう。二人組は誰かを探しているようだが、シャロンと違って地球人なのか、暗闇での行動に慣れていないようだ。

 よし、二人を捕まえて何でこんなことをしたのか聞き出そう_。

 シャロンはそう考え、二人組のいる方へと歩き出した。
 いや待てよ、二人組の男たちは暗闇に慣れていないとはいえ、ここは十分に警戒すべきではないだろうか。二人組がどんな武器を持っているか分からない。幸いここは暗闇でみんな周りが見えていないのだから、コンバート・インしてから二人組に接触した方がよさそうだ。
 シャロンが変身を決意したその時_。

「コンバート・インッ!!」

 場内に響き渡る声。シャロンのものではない、男性の声だ。

「銀河警察ハカート!!」

 会場にいる他の誰も声しか聴いていないが、シャロンにだけは見えていた。二人組の男たちの前に立つ一つの影。
 白銀のスーツに身を包んだ、銀河警察ハカートの姿を。

第1部 終   

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