小説「銀河警察シャロン」第4部

作:鳴海 潤   

(二十)

 ハカートは強制的に変身を解除させられ、シャロン達のいるゲーム機の中の空間に転送されてしまった。もちろん、シャロンたちのようにエネルギーを吸収されてしまったので、立つこともままならない。
「おい、デスガンダー!何の真似だ」
「残念だったな。俺は最初からこうするつもりだったんだ」
 空間にデスガンダーの声が響く。
「元3年B組の連中と仲良くあの世に行くんだな」
「くそ!約束は…、約束はどうなる?」
「そんなもん、信じてたのか。良いことを教えてやろう。確かに邪悪帝国の技術力ならクローン人間を作ることは可能だ。しかし、魂そのもの、感情や記憶をクローン人間に移す技術はまだないんだよ」
「何だと?」
「つまりお前の母親は新しい体を手に入れられるわけじゃない。お前の母親そっくりの人間が俺の部下としてこき使われるだけだ」
「貴様、だましたのか!」
「それが悪党ってもんだろう?」
「許さん…、許さん!」
 怒りに任せて体を動かそうとする良太だが、無情にもその体は動かない。
「さあ、ゆっくり俺様の養分となって、朽ち果てるがいい、銀河警察の裏切り者さんよ」

 辺りが静寂に包まれる。
「あなたもこの空間に飛ばされてきたのね」
 良太に話しかけてきた相手はシャロンだ。
「お前、まだ気絶していなかったのか」
 驚く良太。
「ごめんなさい、話を聞くつもりじゃなかったんだけど」
「いいんだ。悪いのはすべて俺だ」
「諦めないで!」
 珍しくシャロンの口調は強い。
「私の友人が言っていたわ。『どんな悪人だって、心根は優しいはずだ』って。私もそう思ってる。だから、あなたのことも信じてる」
「そんなこと言ったって、ここを出る術はないぞ。唯一の脱出手段である外側からの攻撃は、対ビームコーティングで防がれているんだからな」
「大丈夫。私たちの仲間が何とかしてくれる」
「仲間か。俺は生まれてこの方、仲間なんて信じてないんだ」
「悲しい人ね」
「そうかもな」
 その時、由美の携帯電話についている人形から声がした。
「誰かいる?居たら返事をちょうだい」
「その声はドロシーね。私よ、シャロンよ」
「良かった、繋がった」
「良かったじゃないよ、ドロシー。通信機能があったなら、なんでもっと早く使ってくれないの?」
 つい語気が強くなるシャロン。
「ごめんね。敵にそれがバレるのを懸念して、必要な時まで使わないようにしていたんだよ」
「そんなこと言ったって、こっちはみんなエネルギー吸われて気絶しちゃうし、異空間に一人で色々大変だったんだからね!」
「ごめん…」
 しまった。さっき仲間を信頼しているとか話をしておいて、思いっきり仲間を叱り飛ばしているじゃないか。良太の方を見ると、ちょっと引いているようだ。
「ごめん、ドロシー。それじゃあ連絡くれたってことは、何かあるんだね」
「うん、通信に使っているこの人形には、何かあったときのために微力ながらレーザー光線を仕込んでおいたんだ。それを、こっちの指定するタイミングで、発射してほしいの」
「内側と外側とで同じ波長のレーザーを照射すれば、ゲーム機の外壁を破壊できると考えたのか。しかし、理論上は可能だが、とてつもない精度が必要になるぞ」
 良太が話に入って来る。
「精度って、どのくらい?」
 シャロンが尋ねる。
「内側から照射するレーザーが微力である以上、外側の照射範囲をかなり絞らなければならない。そもそも通常のレーザーガンの絞りでは大きすぎる。 それに、照射角度や照射座標も完璧に揃えなければ、外壁が壊れることはない」
「はいはい、その程度にしておいて。デスガンダーに聞かれたら、すべて計画おジャンだから。シャロン、チャンスは一回よ。その時また通信するわ」
「分かった。ドロシー、よろしくね」
「うん、では通信を切るわ」

 再び静寂に包まれる。
「成功するのが、奇跡に等しい作戦だ」
「私たちの名前を知ってる?これまでたくさんの奇跡を起こしてきた、『銀河警察隊コスモレスター』よ」


(二十一)

 ドロシーは、ひたすら取扱説明書を読んでいた。
 少し離れた場所では、ゼクスターがデスガンダーと戦っている。ゼクスターが時間を稼いでくれているが、今でもかなり劣勢なので、それほど猶予はないだろう。
 ドロシーは、この作戦を決行するに当たって、銀河警察本隊に連絡を取り、マイクロレーザースコープを緊急転送してもらっていた。
マイクロレーザースコープは、その名の通り、極小までレーザーの絞りを調節でき、波長の変更も可能な優れものなのだが、いかんせんドロシーやゼクスターに使用経験がなく、こうして取扱説明書を読む羽目になっている。
「ドロシー、まだ?」
「今、『使用上の注意』読んでる」
「まだ『使用上の注意』?そんなんじゃ日が暮れてしまうよ」
「でも、使い方間違って爆発したら大変でしょ」
「そういうのは試しに使ってみるのが一番なの」
「そうかなぁ」
 ドロシーが目盛りをいじって、試しにレーザーを照射してみる。マイクロレーザースコープからピンク色の細いレーザーが発射されると、その先にあったコンクリートの壁を大破した。
「これじゃ、強すぎてみんな丸焦げになっちゃうよ」
 ドロシーが嘆く。その時、通信が入った。
「やっぱりお困りのようですね。思った通りです」
 こののんびりした口調、聞き覚えのあるような。
「銀河警察トリテキです」
「たまえ先生!」
 ゼクスターが反応した。
「銀河警察本隊から、あなた方の様子を確認するように言われまして、連絡してみました」
「ねえ、トリテキさん。マイクロレーザースコープの使い方って知ってる?」
「私を誰だと思ってるんですか。操作方法などすべて熟知しています」
 相変わらずの語り口だが、背に腹は代えられない。
「お願い、私にこれの操作方法を教えて!」
「教えても良いですけど、私がやっても良いですよ」
 ん?今、通信機を通した声じゃなかったような。
 ドロシーが振り返ると、そこに銀河警察トリテキが居るではないか。
「わっ!」
「『わっ』とは失礼な。心配なので、ワープを使ってこちらまで来てしまいました」
「あ、ありがとう…」
 お礼を聞いてか聞かずか、トリテキは慣れた手順で、マイクロレーザースコープを扱い、照準をデスガンダーに向ける。
「波長は25センチで良かったですね」
「は、はい」
「座標は、54、28、87でお願いします」
「う、うん、分かった」
 ドロシーは慌てて、シャロンに連絡を取る。
「シャロン、聞こえる?座標は、54、28、87でお願い」
 通信を聞いたシャロンは、上がらない腕を必死に上げて、目標の座標に人形を向ける。
 と、その時、ゼクスターが戦っていたデスガンダーが高速移動を始めた。
「だめだ、これじゃ座標が固定できない」
 ゼクスターも何とかデスガンダーの動きを止めようとするが、銀河警察3人分のエネルギーを補充したデスガンダーは、とてつもなく俊敏だ。
ついには分身を始めるデスガンダー。こうなると、まずどれが本体であるかを特定しなければならない。このままではシャロンのエネルギーも尽きてしまう。
 すると、トリテキが足元の小石を拾って、デスガンダーの足元に転がした。
 デスガンダーは小石につまづき、仰向けに転がった。
「今です。座標は、73、90、21」
 トリテキはデスガンダーの胸のゲーム機に照準を合わせる。
「シャロン、座標は、73、90、21!」
「了解!」
「撃つわよ!3、2、1、Fire!」
 ドロシーの掛け声に合わせて、トリテキが引き金をひく。ゲーム機に極小のレーザーが照射される。
 一端は弾かれたレーザーだが、それでも当て続けると、ゲーム機がカタカタと揺れ始める。内部からもシャロンがレーザーを照射し、外壁に影響している証拠だ。
 逃げようとするデスガンダーを、ゼクスターとドロシーが抑えつける。
 デスガンダーの攻撃で二人の変身が解除されても、必死で抑えつける。
 尚も照射されるレーザー。ゲーム機の揺れが大きくなっていき、ゲーム機が破裂した。
「やった」
 ゲーム機の中から、たくさんの元3年B組メンバーが放出される。
 目を覚まし、歓喜に包まれる一同。どうやら異空間から開放されれば、エネルギーは元に戻るようだ。
 その中を帰っていくトリテキ。
「あれ、もう帰るんですか」
 ゼクスターが尋ねる。
「どうせなら最後まで戦っていけばいいのに」
「やだ」
「何で?」
「恥(は)じい」
 去っていくトリテキ。
「ゼクスター、ドロシー、ありがとう」
「人形に細工がしてあるなんて、気づかなかったよ
 シャロンと由美がみんなを安全なところに避難させて、やって来る。
 ゼクスター、ドロシー、シャロン、クルーカがデスガンダーの前に揃い立つ。
「やいやい、お前みたいな人の心を踏みにじる腐れ悪党は、はらわた引きずり出してミンチにしてやるから覚悟しろ!」
「行くわよ」
「「コンバート・イン」」

 4人がポーズを取ると、体が光に包まれ、白銀のスーツに身を包んだ戦士たちが現れる。

「銀河警察ゼクスター」
「銀河警察ドロシー」
「銀河警察シャロン」
「銀河警察クルーカ」

「銀河警察隊」
「「コスモレスター」」

 初めての4人揃い踏みだ。クルーカとアイコンタクトを取るシャロン。二人が揃って戦うのも初めてだ。
「シャロンスピン」
「クルーカドリルキック」
 二人で連携攻撃を決める。攻撃はデスガンダーに見事にヒットし、シャロンとクルーカはハイタッチを交わした。
「ドロシーアクティブバースト」
「ゼクスターダイナサイクル」
 ベテラン二人も負けてはいられない。得意の攻撃をデスガンダーにお見舞いする。
 一気呵成(かせい)の攻撃に、フラフラになるデスガンダー。
「とどめだ!ニューレスターフォーメーションだ」
「「オーッ」」
 ゼクスターの呼びかけに応えるドロシーとクルーカ。
「一度食らった技だぞ。今度こそ見切ってやる」
 デスガンダーは自慢の高速移動で、逃げる準備に入る。と、自らの体が動かないことに気づく。デスガンダーは自分の体を見やる。すると虹色の鎖(くさり)が、自分の体を縛っているではないか。そして、その鎖の先を辿っていくと、その先には一人の銀河警察が立っていた。
「ハカート!貴様」
 そう、銀河警察ハカートに変身した良太が、手助けをしてくれているのだ。
 それを見たシャロンもハカートの手助けをする。
「コスモ一本どっこ」
 二つの鎖に縛られたデスガンダー。もう動き回ることができない。
「レディー・ゴー」
 ゼクスターがエネルギー弾を蹴り上げる。
「「エックスアタック」」
 ドロシーとクルーカが空中で交差しながら、エネルギー弾を弾き、デスガンダーに命中させる。
「ぐわっ」
 よろけるデスガンダー。跳ね上がったエネルギー弾の先にはゼクスターがいた。
「イナズマスパーイク」
 ゼクスターが勢いよく振った右腕がエネルギー弾をとらえると、エネルギー弾は不規則な動きをしながら、デスガンダーへと飛んでいく。
「くそっ、くそっ」
 動こうとするデスガンダーを必死で止めるシャロンとハカート。
 そしてエネルギー弾はデスガンダーに命中、大爆発した。
「邪悪帝国に栄光あれー」
 デスガンダーの断末魔の叫びを背に、銀河警察が並び立つ。コスモレスターの大勝利である。


(二十二)

 浜辺に大輪の華が咲く。今日は待ちに待った花火大会の日である。
 たくさんの花火の見物客に、露天商も相まって、街はにぎやかだ。
「みんなお待たせー」
 浴衣を着て、小走りで走る由美の姿。
「おっ、由美」
「ゆんちゃん、浴衣姿もかわいいなあ」
 健二と平塚先生が由美に気づく。
「えへへ、バイト代で奮発しちゃった。他のみんなは?」
「琴とトニーは待ち切れずに二人で花火見に行っちゃった。お咲とキーくんは金魚すくいに夢中みたい」
 確かにものすごい集中力を発揮しているであろう後姿が、金魚すくい屋の前にいる。キーくんは気づいて手を振ってくれたが、お咲は夢中でこちらに気づかないらしい。相変わらずのお咲坊だ。
「シャロ…夏澄はどうした?」
「ちょっとね。そうだ、私も花火見たい」
「じゃあお咲は置いて、みんなで行っちゃうか」
「賛成!」
 由美たちは花火の音を追いかけて歩き出す。3年B組の絆はいつまでも変わらない。いつ会ったって、すぐにあの頃に戻れてしまうのだ。仲間の素晴らしさを、由美だけでなく、元3年B組メンバー全員が感じていた。


(二十三)

 何組かのカップルが寄り添っている砂浜。灯りが無いので暗く、普段は人が近寄らない。しかし、今日は花火の明かりが時々、彼らを照らすので、ちょっとロマンチックな雰囲気になっている。
 そこにポツンと一人で座っている人影がった。良太である。
 良太はぼんやりと花火を見ていた。
 自分はすべてを失った。先ほど一通の連絡が良太に入った。母親が入院先の病院で息を引き取ったそうだ。間に合わなかった。いや、そもそも邪悪帝国も母を助ける術を持っていなかったのだ。最初から無駄な努力だったのかもしれない。
 良太は、これから銀河警察本隊へ強制送還され、規律に則って処罰されることになる。
 涙も出ない。良太は自分の気持ちが非常に冷めていることを感じた。心のどこかでこうなることを予期していたのかもしれない。だから、悲しみも強く感じることがないのかもしれない。
「銀河警察ハカート」
 自分の名を呼ぶ声がして、良太は振り返る。
 そこにはシャロンが立っていた。
「私があなたを護送することになったわ」
「そうか。手間かけさせてすまないな」
「ううん、私が自分で志願したのよ」
 良太にはその意味が分からなかった。ただの変わった奴だと思った。
 シャロンは、良太の隣に座る。
「ねえ、右腕の痣(あざ)を見せて」
 シャロンの突飛な依頼に、少々困惑しつつ、良太は右腕の痣をシャロンに見せる。
「やっぱり鮫型の痣なのね」
「それがどうかしたのか」
「私がずっとずっと幼かった頃、故郷のハルバート星の川で溺れたことがあったの。もう助からない、そう思ったとき、私を助けてくれた人がいたわ」
「お前、まさかあの時の…」
「そう、鮫の痣を持つ少年に助けてもらったのは、私です」
「…」
「言おうか、言うまいか、迷った。でも、今のあなたには伝えなければいけないと思った」
 シャロンが良太の方を見ると、花火に照らされた良太の頬を一筋の涙が流れていくのが見えた。
「あの頃から俺は、毎日戦ってきたんだ。飢えや苦しさと戦ってきた」
 シャロンが良太の肩に手を乗せる。
「見るからに裕福そうな子どもが溺れているのを見たとき、迷ったんだ。でも、気が付いたら彼女を助けていた。その時点で既に、俺は悪党になれなかったんだな」
 シャロンも溢れてくる感情を抑えて、言う。
「まだまだこれからよ。私を救ってくれたヒーローなんだもの。これからも、もっとたくさんの人を救ってね」
 遠くで花火が連続で上がる。一気ににぎやかになり、二人は言葉を止めた。
 シャロンは思う。きっと未来は明るい。シャロンの未来も、良太の未来も、みんな明るい未来を持っているのだ。悲観してはだめだ。そんな考え、若いうちだけだと言われるかもしれない。それでもいい。私が今ここにいて、それを思ったことに意味があるはずだ。良太は、ハカートは、絶対に立ち直る。そう信じて、私は暮らすことにしよう。
 いつの間にか花火が終わって、カップル達が散り散りになっていく。
 潮の香りと花火の火薬の香り。もう少し、もう少しだけ夜風を肌で感じたら、私たちは行くことになる。
 この夏ももうすぐ終わる。シャロンにとってこの夏は一生忘れられない夏となったのだった。


終      

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