小説「銀河警察シャロン」第2部

作:鳴海 潤   

(四)

 派手に壊された会場。進入禁止のテープが張られ、次々と警察が状況確認にやってきている。
 そんな中、会場の隅に、シャロンと鮫島良太の姿があった。
 良太は怪我をしていた。右腕に切り傷。覆面の男たちと格闘した時にできた傷だ。シャロンの見立て通り、男たちは武器を隠し持っていた。銀河警察ハカートが電光石火で現れ、二人に対峙した時、二人は電磁ナイフを取り出し、やみくもに振り回し始めたのだった。
 周りの人々の危険を察知したハカートは、すぐさま男たちを取り押さえたが、その時に右腕を電磁ナイフで切り付けられたのだった。
 そう、銀河警察ハカートは、先ほどシャロンと会ったばかりの刑事・鮫島良太だったのだ。由美や琴音たちの誘導で、会場の人々が避難した後、スーツを解除したハカートの姿を見て、シャロンは驚いたのだった。
「私も銀河警察なんです」
 傷の手当てをしながら、シャロンが良太に話しかける。
「やはりな。君からは常人とは違うものを感じていたよ」
 やはり分かる人には分かってしまうんだ。もっと地球に溶け込みたい、普通の女の子でありたい、シャロンは時々そう思うことがある。
「お咲は、お咲はどうしてしまったんですか?」
「俺にも分からない。ただ行方不明となって、家族から捜索願が出ているので、こちらで調査しているんだ」
「そうですか」
 明日、自分でもお咲のことを調べてみよう、シャロンはそう思った。風来坊なところのあるお咲ではあるが、家族が捜索願を出すなら、ただ事ではないのだろう。
 シャロンは良太の右腕の傷を手当てすると、包帯を巻くため、良太のスーツの袖をたくし上げた。シャロンは一瞬、我が目を疑った。良太の右腕には、痣(あざ)があった。それもシャロンには見覚えのある痣、鮫(さめ)の形をした痣だった。
「これは…?」
「ん?何か?」
 シャロンは考えた。こんなところでまさか。でも本当にこの人だろうか。初対面なのにいきなりこんな話をするのはおかしいのではないか。
 逡巡していると、良太が話しかけてきた。
「ありがとう、もう大丈夫だ。焼津さんの件は、動きがあったら連絡するよ」
 そう言って、良太は立ち去ってしまった。
 シャロンは、ただただ背中を見送るしかなかった。


(五)

 その日の夜、シャロンは再びあの夢を見た。先日、地球に来た時に見た夢と同じ夢だ。鮫型の痣を目の前にして、シャロンは目を覚ました。
 何故だろう、胸が高鳴っている。
 シャロンは今沸き上がって来る思いをかき消すように頭を振って、ベッドに入り直す。明日はお咲のことを調べに行くのだ。しっかり寝なくては。


(六)

 初夏の日差しがガンガンと上から照りつける。アスファルトに反射して下からも照りつける。まるで両面焼きグリルのようだ、とシャロンは思った。こんなことなら日傘を持ってくればよかった。出掛ける時に由美から注意されたのだ。今日の日差しは強いから、日傘を持っていくように、と。しかしシャロンは面倒臭がって持ってこなかった。淑女への道は遠い、シャロンは思ったのだった。
 シャロンはとある建物の前に立つ。吉祥寺料理専門学校。お咲が普段通っているという専門学校だ。
 シャロンは、お咲が高校卒業後、大学を目指して浪人していたと聞いていた。しかし、今日になって由美に聞いたところによると、お咲は大学進学をやめて、料理学校に通うことにしたようだ。お咲がどういう経緯で料理学校に行くことに決めたのか不明だが、やりたいことに突っ走る性格のお咲のこと、何か思うことがあったのだろう、と何となく納得したのだった。
 さて、シャロンは料理学校に潜入するつもりで来た。料理学校内で、お咲について情報収集するのだ。その為にはまずは形から。今日はパーカーにジーンズではなく、フリルのついたワンピースだ。由美に借りたもの。薄く花柄のプリントが入っていて、なかなかにかわいい、とシャロンは思った。おしゃれをするとちょっとテンションが上がる。いや、かなりテンションが上がる。設定は、料理学校二年生といったところか。シャロンは、自らのことをちょっと落ち着いて見えると思っているので、これぐらいの設定が妥当だろうと、思っている。さあ、探偵気分でいざ潜入だ。
 シャロンは鼻息荒く、大股で建物に入っていくのだった。


(七)

 なぜ気づかなかったのだろう。シャロンは自分を恨んだ。
 料理学校は制服だった。学生は私服で来校するものの、ロッカーで着替えて、コック用の白衣をみんな着ている。料理学校二年生の設定は脆(もろ)くも崩れ去った。
「ちょっと、君」
 シャロンが廊下をうろついていると、警備員に呼び止められた。
「君、生徒じゃないな。見学の学生さん?」
「あ、その…はい」
 設定変更、見学に来た高校三年生ということで。
「ちゃんと手続した?」
「え?どういうことですか?」
「だって見学の人は入館証を首から下げているはずだから」
「あ、まだです」
 郷に入っては郷に従え、という諺(ことわざ)が地球にはあったはず。ここはこの警備員の指示に従おう。
「じゃあ、こっち来て」
 シャロンは警備員についていく。心なしか先ほどより小股で、意気消沈した姿に見えるシャロンだった。


(八)

「で、何々?一日施設見学してきたってわけ?」
 嬉しそうにドロシーが笑う。
「いえ、最後は卵焼きの作り方を習いました。ちゃんとマスターしましたよ」
 シャロンは先ほど覚えたフライ返しの手つきをアピールする。
「残念だけど、趣旨間違えてるから。お咲の情報集めに行ったんでしょ?」
 料理の苦手なドロシーに言われるのは、何か腹立たしいが、ドロシーはシャロンにとって銀河警察地球支部の先輩だ。ぞんざいな扱いはできない。反論しないことにする。
「ドロシーが笑えた話じゃないけどな、アハハハハ」
 平塚先生が見事に地雷を踏む。
「アンタ、ちょっと口が過ぎるわよ」
 ドロシーが真顔で平塚先生のつま先を踏みつける。平塚先生がギャーギャー言っているが、見え見えの地雷を踏む方が悪い。
「ちょっと、今は会議中でしょ。脱線しないでください」
 議長である由美が怒る。ゆんちゃんのことが好きな平塚先生は、きっと謝るだろうな。
「ゆんちゃん、ごめん」
 見慣れた光景、見慣れた様式美だ。強いて言うなら、ここにゼクスターが居てくれたら、何て言って、みんなをまとめたかな。
 ここは海上に浮かぶ、銀河警察の基地内である。夜のとばり、基地内から湾岸の町並みのほのかな灯りが見える。
 シャロンがお咲の行方を調査するため料理学校に行った帰り、銀河警察ハカートこと鮫島良太から連絡が入った。お咲に続いて、やはり同級生のキーくんも行方不明となってしまったらしい。
 相次ぐ元3年B組メンバーの失踪。何らかの事件性を感じたシャロンとハカートは、こうして主要なメンバー(シャロン、良太、ドロシー、由美、平塚大介)を集めて、会議を開いたのだった。
「短期間に二人続けて失踪。どう考えても、何かの意味があるはずだ」
 良太の意見にみんなが頷く。
「しかし、地球の警察でもその理由までは辿り着いていない。そこでだ。我々で元3年B組の全員に会うのはどうだろう?」
「というと?」
 議長の由美が聞き返す。
「今のままでは、失踪者が自ら失踪したのか、誰かにさらわれたのかすら分からない。だから、手分けして一人一人に会って、事情の聞き込みをし、その上で安全策を講じる」
「安全策って?」
 ドロシーが聞き返す。
「これだ」
 良太が懐から何かを出す。テーブルの上に置かれたそれは、液晶画面に小さなボタンが付いた一見すると小型のゲーム機のようだ。
「あーこれ、懐かしい!ポケネットだ」
「ポケネット?」
 シャロンには平塚先生が何故反応したか分からない。
「そう、ポケネット。俺が子供の頃に流行った、携帯通信ゲーム機だよ。でもこれがなんで?」
 平塚先生の問いに良太が答える。
「済まない。見た目は製作者の完全な趣味なのだが、これは安全ブザーだ」
「安全ブザーを配って、身の回りに異変があったら、私たちに連絡が来るようにする、と?」
 さすがドロシーは話が早い。
「その通り。ちなみにこの安全ブザーは個人ごとに連絡も取れるので、我々も持っておくと通信するときに便利だ」
「ちなみに、これってポケネットとしても使えるの?」
「もちろん。俺も実はポケネット世代なので、暇なときは通信して遊べる!」
「やったー!久しぶりにポケネットで遊べる!」
 男ども二人が勝手に盛り上がっているが、なかなかに良いアイディアだ、とシャロンは思った。


(九)

 シャロンはチマキ大学に居た。
 昨日の作戦会議で、部外者の良太を除く4人で分担し、元3年B組のメンバー一人一人に会うことになったのだ。
 チマキ大学は由美が在学しているので、本来なら由美が担当すべきなのだが、シャロンが地球の大学生活に潜入したがっている(先の潜入失敗もあるので)のを察知し、担当を譲ってくれたのだった。
 本当にゆんちゃんは気が回って周りが見えているし、何より優しい。そのことを邪悪帝国に付け込まれ、自分の進路に悩んだこともあったようだが、邪悪帝国を滅ぼして以降、楽しくキャンパスライフを送っているみたいだ。

「お待たせ、夏澄」
 シャロンが待ち合わせていたのは、琴音だった。
 琴音は白のスポーツウェアに身を包み、ケースに入ったテニスラケットを担いでいた。
 きっとテニスサークルか何かだな。一言でいうと、非常に爽やかだ。シャロンは思った。
「ごめんね、琴。忙しいのに時間もらっちゃって」
「いいよ。丁度お腹空いてたし。何おごってくれるの?」
「え?」
 そこまで考えていなかった。シャロンの今日の持ち合わせはそんなにない。
「冗談だよ。学食に行こう。ここの学食、美味しいんだよ」

 さっさと行ってしまう琴音。大学二年生の余裕、琴音も大人だなと、シャロンは感じた。


(十)

 シャロンはチマキ大学の学食で一通り、今までの経緯と、安全ブザーの件を琴音に話した。
「分かった。このブザーを肌身離さず持っておけばよいってことね」
「うん、ちょっと見た目がアレだから、カバンに付けづらいかもしれないけど」
「大丈夫。トニーにもらったカバン、ダサいから丁度ぴったり合いそう」
「え?」
 ここって笑うところなのかな。
「冗談だよ」
「そっか。ちなみに冗談って、『トニーからもらった』のが冗談なのか、『ダサい』のが冗談なのか、分からなかった」
「『ダサい』のが冗談だよ。トニーとはまだ付き合ってる」
「良かった。聞いちゃいけないことなのかと思って、焦ったよ」
「あはは。夏澄は一年経っても夏澄のままで安心するよ」
「そうかな。トニーは元気?」
「うん。相変わらずホテルのドアマンやってるけどね。昇進できないみたい」
「一年続けてるだけ偉いよ」
「そういえば、今度浜辺の花火大会があるんだけど、みんなで見に行こうよ。トニーと毎年見に行ってるんだけど、いい加減二人だと飽きちゃって」
「そんなのトニーがかわいそうだよ」
「大丈夫。ね、せっかく夏澄がみんなに会うなら、話つけてきて」

 いたずらっぽく笑う琴音。琴音もこんな表情するんだ。これが小悪魔というやつか。
 花火か、トニーには悪いが、確かにみんなで見れたら、楽しいだろうな。シャロンは手元ののびたラーメンを箸でいじくりながら、そんなことを考えたのだった。


(十一)

 シャロンが自分の役割分を終えたころには、すっかり日が傾いてしまっていた。
 シャロンは海上の基地へと道を急ぐ。海に夕日が反射して、とてもきれいだ。でも急がないとみんな待っているだろう。止まりそうになる足を無理矢理動かすと、シャロンは浜辺に佇む人影に気づく。それもシャロンの知った顔のようだ。
「良太さん」
「あぁ、君か。聞き込みとブザーの配布は終わったのか」
「ええ。一人ひとりと話し込んでしまって、ちょっと時間かかりましたけど」
「そうか」

 シャロンも良太の隣に並ぶ。自分一人の遅刻ならまずいが、二人まとめてなら大丈夫だろう。
「海好きなんですか?」
 シャロンが尋ねる。
「いや、地球に来るまで、海は見たことなかったんだ。だからとても新鮮で」
「私も同じです。初めて地球に来た時は、まず海が見たくって、無茶をしました」
「無茶?」
「はい。邪悪帝国っていう組織が実験をしている島に単身行ってしまって。先輩たちに迷惑をかけました」
「邪悪帝国か…」
「ええ。でもドロシーやクルーカ、ゼクスターの活躍で邪悪帝国は滅んだと聞いています」
「そうか」

 良太は遠くを見ている。こうして横に並ぶと、良太の背の高さを感じる。シャロン自身も決して小柄ではないが、良太とは頭一個分違う。シャロンにとって、ちょっと見上げながら話す感じが、心地よかった。
 潮騒の音が響く浜辺。二人が佇んだのは僅かな時間であったが、シャロンにはとても長い時間そこの居たかのような、不思議な感覚が残ったのだった。


(十二)

「シャロンのせいで、夜のドラマ見られなくなりそうだよ」

 海上にそびえる銀河警察の基地は、ドロシーと由美(=クルーカ)、シャロンが居住している。逆に平塚先生は、用があるたびに呼び出される形だ。平塚先生の愚痴も最もだと、シャロンは思った。
「ごめんなさい。会議早めに終わらせるから」
 本日議長を務めるのは、シャロンだ。
「さて皆さん、各々が予定した元3年B組生徒には会えましたか?」
 頷く一同。
「ではその中で、お咲とキーくんの行方に関して情報を持っている人はいましたか?」
 首を横に振る一同。
「ではこの安全ブザーはみんな受け取ってくれましたか?」
 頷く一同。
「そうですか。では会議を終了します。お疲れ様でした」
 頷く一同。
「本当に早いな!」
 平塚先生がツッコミを入れる。
「だって平塚先生が早く帰りたいって」
「確かに言ったけど、こんなんで大丈夫か?」
「まあ問題ないんじゃないか。行方不明者二人について情報提供者はなし。安全ブザーが全員に行き届いたのなら、今日のところは大丈夫だろう」
 良太の説得力ある言い方に誰も口は挟まない。
「よし、じゃあお言葉に甘えて帰るか。まだ今ならドラマに間に合いそうだ」
 喜々として部屋を出て行こうとする平塚先生。
「念のためだが、この安全ブザーは俺たちも携帯しておこう。何かあったときに連携が取れるからな」
 平塚先生を呼び止めつつ、良太が言った。
「分かってるよ。じゃあ俺はこれで」
 去っていく平塚先生。
「今日はみんなのところに行ったから、疲れちゃった。私は早めに寝るね」
 安全ブザーを掲げながら、由美が去っていく。
 確かに今日は疲れた。私も早く寝ようかな。シャロンは思った。
「では俺もこれで」
 続いて部屋を後にする良太。良太も通いで来ている。一体、どこに住んでいるんだろう。シャロンはふと思ったが、疲れているからまた明日聞けば良いか、と思い直す。
 シャロンとドロシーは部屋に残り、特に会話することなく、残務に取り掛かる。
 部屋の外では、良太が一人立ち止まり、ニヤリと笑ったのだが、誰も気づくことは無かった。


(十三)

 その日の晩はとても静かな夜だった。良太の言いつけを守って、シャロンたち元3年B組のメンバーは安全ブザーを近くに置いて寝たのだった。
 そして元3年B組メンバーは全員、その晩に忽然(こつぜん)と姿を消した。


第2部 終   

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